秋田地方裁判所 昭和35年(わ)25号 判決 1961年7月05日
被告人 田村喜代志 外三名
主文
被告人らは何れも無罪。
理由
(本件公訴事実の要旨)
被告人田村喜代志は東京都港区芝新橋三丁目十八番地にある和光商事株式会社の代表取締役として金融等の業務に従事しているもの、被告人小林三美は東京都目黒区三谷町六十六番地にある東京都民銀行学芸大学駅前支店の支店長をしているもの、被告人粕川恒夫は東京都中央区銀座東八丁四番地にある日蘭海工株式会社の設立発起人で昭和三十五年一月七日同会社が設立された後はその取締役として経理部門の業務を担当しているもの、被告人米田太は東京都目黒区下目黒二丁目四百六番地にある東京産業信用金庫目黒支店の支店長として同支店扱の預金及び金融等の業務の一切を統轄しているものであるが、
第一、一、被告人田村喜代志は、昭和三十二年二月頃から東京都千代田区西神田二丁目二十一番地において山下経理研究所を開設して株式会社の設立登記等の業務を取扱つていた山下末吉こと小山田季徳及び東京都中央区日本橋蠣殻町二丁目十三番地にある大成実業株式会社の代表取締役谷藤田三と順次共謀の上、同会社の増資につき真実は株主から株金の払込を受けていないのに「見せ金」をもつて新株三万四千株(一株の額面金五百円全額払込)合計一千七百万円の株金払込がなされたもののように装い増資登記の手続をしようと企て、昭和三十四年四月二十三日右小山田季徳とともに同被告人の取引先である前記東京都民銀行学芸大学駅前支店に赴き、同支店において支店長の被告人小林三美に対し、こもごも同店扱いにかかる前記和光商事株式会社名義及び被告人田村名義の各預金から払戻を受ける金額一千五百万円と加藤シン及び被告人田村名義で手形貸付を受けた金額二百万円とを合わせた一千七百万円を、右大成実業株式会社の代表取締役谷田藤三が同会社の増資新株の仮装払込資金に一時流用するものであることの情を打明け、同会社のため所定の払込手続を委託するとともに、右資金は登記後においても右会社の流動資本に使用することなく被告人田村の右会社に対して有する債権、更には同支店の被告人田村に対して有する債権の取立を行うため、諸手続をとられたい旨依頼し、同人にその旨承諾させたうえ、即日右株金払込についての所定の取扱をさせて同支店に対し一千七百万円の仮装払込をし、もつて預合をなし、
二、被告人小林三美は前同日前同所において被告人田村喜代志及び小山田季徳の両名から前記第一の一、記載のとおり大成実業株式会社の増資払込を仮装するため被告人田村において一時「見せ金」として一千七百万円を立替えた上、自店に対しその払込業務の取扱を委託するものであることの情を知りながら、同人らの依頼を容れて即日前記谷田藤三名義で自店に対し右一千七百万円の払込があつたものとして所定の手続を了し、もつて谷田藤三らの預合に応じ、
第二、一、被告人粕川恒夫、同田村喜代志は前記小山田季徳と順次共謀の上、前記日蘭海工株式会社の設立に際し、真実は各発起人及び株式申込者から全然株金の払込を受けていないのに、「見せ金」を用いて四万株(一株の額面五百円全額払込)合計二千万円の株金払込がなされたもののように装い会社設立登記の手続をしようと企て、昭和三十五年一月七日被告人田村喜代志において右小山田季徳とともに、同被告人の取引先である前記東京産業信用金庫目黒支店に赴き、同支店応接室において先ず同被告人が同店の支店長被告人米田太及びその部下である同支店貸付係長勝野好道に対し、自己が使用している山田清名義で一千六百四十万円の手形貸付を申込み、その旨承諾させ、右金員の貸付及び山田清預入名義の普通預金口座から金二千万円の払戻手続を依頼した上、その場で前記日蘭海工株式会社の株主名簿を示し、小山田季徳において右二千万円を右会社設立の株金の仮装払込の資金として一時流用するものであることの情を打明け、同会社のため所定の払込手続を委託するとともに、右資金は登記手続終了後においても右会社の流動資本に充当されることなく、同年一月九日には金一千二百万円を同年一月十六日には残金八百万円をそれぞれ払戻して被告人田村に返済し、又同信用金庫が被告人田村に貸付けた金一千六百四十万円については同年一月九日払戻しの一千二百万円を即日内入返済し、残金四百四十万円は同年一月十六日払戻しの八百万円の中から該当額を返済するものであること、及びこれらの手続のすべてを同支店で代行してもらいたい旨依頼し、その旨承諾させて、即日右株金払込についての所定の取扱をさせ、同支店に対し金二千万円の仮装払込をし、もつて預合をなし、
二、被告人米田太は前同日前同所において被告人田村喜代志及び小山田季徳の両名から前記第二の一、記載のとおり日蘭海工株式会社設立の株金の払込を仮装するため、被告人田村において一時「見せ金」として二千万円を立替えた上、自店に対しその払込業務の取扱を委託するものであることの情を知りながら、同人らの依頼を容れて即日右会社設立発起人代表鈴木強平名義で自店に対し右二千万円の払込があつたものとして所定の手続を了し、もつて被告人粕川恒夫らの預合に応じ
たものである。
(当裁判所の判断)
そこで考えてみるに商法第四百九十一条に所謂預合とは同法第四百八十六条に掲げる株式会社の発起人、取締役、監査役らが株金の払込を取扱う金融機関の役職員と通謀して真実当該会社の資本とする意思がないのに、単に設立又は増資の登記をするための手段として、その登記が完了するまで株金の払込を仮装する行為をいうものと解すべきところ(最高裁判所昭和三十五年六月二十一日第三小法廷決定参照)、ここに通謀とは右の発起人らと金融機関の役職員において株金払込の仮装行為の実現を計るため相互に情を通じ合うことをいうものと解するを相当とする。しかして本件審理の結果によれば、大成実業株式会社の代表取締役谷田藤三は、小山田季徳に対し同会社の増資手続を依頼するにあたり、金がないため払込金については小山田のほうで見せ金を一時立替えて支払つてくれるものと考え、そのつもりで右手続を頼んだこと、また東京都民銀行学芸大学駅前支店の支店長であつた被告人小林が、小山田、被告人田村の両名から同会社の増資につき株金の仮装払込手続を依頼され、これに応じた事実のあつたことは認めることができるのであるが、谷田としては被告人小林に対して直接株金の仮装払込手続を依頼したわけでもなく、もともと小山田の尽力により払込金を一時立替えてもらうことだけを考えていたに過ぎず、小山田が金融機関の役職員と情を通じ合うということまでは認識していなかつたのではないかと思われるので、右のような認定事実からただちに谷田が小山田や被告人田村を通じて被告人小林との間に株金仮装払込について通謀をしたとみることはあまりにも早計である。したがつて同会社の代表取締役である谷田と、株金払込取扱金融機関の役職員である被告人小林とが通謀して株金払込の仮装行為をしたという、預合の事実については、けつきよくこれを認めるに足りる証拠がないといわなければならない。
また日蘭海工株式会社の関係についても、同会社の設立発起人である被告人粕川の小山田に対する設立手続の依頼の趣旨、および払込金についての認識が谷田の場合と同様であり、しかも同被告人が東京産業信用金庫目黒支店の支店長であつた被告人米田に直接株金の仮装払込手続を依頼したことのない点も谷田の場合と全く同じであるから、これまた会社設立の株金払込につき、小山田や被告人田村とともに被告人米田と仮装払込を通謀したとみることはできない。したがつて同会社の設立に関する預合の事実についても、これを認めるに足りる証拠がない。
そうだとすると、本件公訴事実はすべて犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法第三百三十六条後段により、被告人らに対しいずれも無罪の言渡をする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 千々和政敏 石田穣一 浜秀和)